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教皇フランシスコによるお告げの祈り 2024年1月28日 バチカン・聖ペトロ広場 教皇フランシスコによるお告げの祈り 2024年1月28日 バチカン・聖ペトロ広場  (ANSA)

教皇「悪の鎖が心を締めつける時、イエスを呼び求めよう」

教皇フランシスコは、1月28日、お告げの祈りを信者と共に唱えられた。

 教皇フランシスコは、1月28日(日)、バチカンで正午の祈りの集いを持たれた。

 年間第四主日、教皇は、この日の福音朗読箇所、マルコ福音書中のイエスが汚れた霊に取りつかれた男をいやすエピソード(マルコ 1,21-28)を取り上げられた。

 教皇の説教の要旨は次のとおり。

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 今日の福音は、イエスが汚れた霊に取りつかれた男をいやす場面を語っている(マルコ 1,21-28)。汚れた霊はこの男を苦しめ、叫ばせ続けていた。このように、悪魔は「魂を鎖でしばる」ために取りつくのである。われわれは自由を窒息させるこの「鎖」に気をつけなければならない。わたしたちの心をしばるこの鎖の名前をいくつか見てみよう。

 たとえば、それは「依存」である。依存は人を奴隷と化し、エネルギーや財産や愛情をむさぼり尽くしてしまう。また、不可能なまでの完璧主義や、消費主義、快楽主義などの今日の風潮がそれである。これらは人を商品化し、人間関係を壊してしまう。このほか、自己評価や、平安、選択能力、人生への愛などを脅かす誘惑や条件の押し付けなどがある。さらには、悲観主義や、常に他人に罪を転嫁する忍耐のなさ、戦争や経済的不正義、思想統制などを生む権力の偶像化などもそうである。

 イエスはこれらの鎖からわたしたちを解放するために来られた。「かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか」(マルコ 1,24)と叫ぶ悪霊に、イエスは、「黙れ。この人から出て行け」(同 1,25)と答えられる。イエスは悪の力から人を解放される。しかし、注意したいのは、イエスは悪魔とは対話をしないということである。イエスは荒れ野で誘惑を受けた時も、悪魔とは対話せず、聖書の言葉で答えられた。

 では、わたしたちが誘惑に苦しめられている時、どうしたらよいだろうか。悪魔と交渉してはいけない。わたしたちはイエスに救いを求めて祈らなければならない。悪と恐れの鎖が強く自分を締めつけるのを感じるその場で、イエスを呼び求めなければならない。主は、聖霊の力をもって、今日も悪に対しこう繰り返されるだろう。「出て行け。この心を乱すな。世界や家族や共同体を分裂させるな。人々が平和に生きるのを邪魔するな。彼らの間に愛と喜び、柔和を広げ、暴力と憎しみの叫びの代わりに自由と平和を育てるために、そこで花開くのはわたしの霊であり、おまえのそれではない。」

 ここで自問しよう。自分の心を締めつける鎖から、本当に解放されたいと思っているだろうか。悪が魂に忍び込む前に、悪の誘惑に「ノー」と言えるだろうか。イエスに、自分の中で働き、内側からいやしてくださいと祈っているだろうか。

 聖なるおとめマリアよ、わたしたちを悪からお守りください。

28 1月 2024, 19:29

お告げの祈り(アンジェルスの祈り)は、神の御子の受肉の永遠の神秘を思い起こす祈りです。この祈りは、朝の6時、正午、夕方18時頃の3回唱えられ、その時には、お告げの鐘が鳴らされます。アンジェルスの祈りと呼ばれるのは、ラテン語におけるこの祈りの冒頭の部分、– Angelus Domini nuntiavit Mariae – から採られています。この祈りは、イエス・キリストの受肉について語る3つの簡潔な本文と、3回のアヴェ・マリアの祈りからなります。お告げの祈りは、教皇によって、バチカンの聖ペトロ広場で、日曜日とカトリック典礼暦の祭日の正午に唱えられます。祈りの前に、教皇はその日の聖書朗読箇所などを観想する短い説教を行います、祈りの後には、巡礼者たちへの挨拶が続きます。
復活祭から聖霊降臨までは、お告げの祈りの代わりにアレルヤの祈りが唱えられます。これはイエス・キリストの復活を思い起こす祈りで、祈りの終わりには栄唱(グロリア)を3回唱えます。

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