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教皇フランシスコ、南伊シチリア州パレルモで福者プリージ神父殉教25年追悼ミサ 2018年9月15日 教皇フランシスコ、南伊シチリア州パレルモで福者プリージ神父殉教25年追悼ミサ 2018年9月15日  (ANSA)

教皇、パレルモで福者プリージ神父殉教25年追悼ミサ、マフィアに回心訴える

イタリア・シチリア州を訪問した教皇フランシスコは、パレルモで、福者プリージ神父の殉教から25年を記憶する追悼ミサを捧げ、マフィアに回心を強く訴えられた。

教皇フランシスコは、9月15日(土)、訪問先のイタリア南部・シチリア州の州都パレルモで、ちょうどこの日から25年前、マフィアに殺害された教区司祭、福者ピノ・プリージ神父(1937-1993)を追悼するミサをとり行われた。

教皇、パレルモ到着、湾岸地区でミサ

同日午前、シチリア州中部ピアッツァ・アルメリーナ訪問後、教皇はヘリコプターで同州北西部パレルモの港湾地区に到着された。

海沿いの広大な公園、フォロ・イタリコには、強い日差しと暑さにも負けず、教皇を歓迎する市民たちが早くから詰めかけた。

教皇は、福者プリージ神父を追憶するミサで、「自分の命を愛する者は、それを失う」(ヨハネ12,25)というイエスの言葉の意味を考えるよう皆を招いた。

一粒の麦は

「なぜ自分の命を愛する者は、それを失うのでしょうか」と教皇は問いつつ、「もちろん、

それは憎悪をもって命を扱うように言っているのではありません。自分の命を愛する者とは、すなわちエゴイストのことを指しているのです」と説明。

自分の命を愛する者は、儲けを増やし、成功を求め、自分の欲求を満たしながら、この世においては勝利者と思われているが、イエスの目には、こうした人々は人生全体を失っている、と話された。

「愛か、エゴイズムか、それを選ばなくてはなりません」と述べた教皇は、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ(ヨハネ12,24)」と福音にあるように、自分の中に閉じたままのものは地中に残って終わるが、自分を開き、命を与えるものは、地上に多くの実をもたらすことができる、と語られた。

また、教皇は「神の道は、謙遜な愛の道」と述べ、「愛だけが心を中から解放し、平和と喜びを与えます」「神にとっての真の権力とは、人に仕えることです。最も大きな成功とは、自分の名声ではなく、証しなのです」と説かれた。

プリージ神父を回想

目立たず、声高に反マフィアを叫ぶことなく、善の種を蒔き続けたピノ・プリージ神父の生き方を教皇は回想。

「25年前、自身の誕生日に殉教した時、ピノ神父はその勝利の冠を微笑で飾りました。彼を殺害した犯人はその微笑のために眠ることができませんでした。犯人はいいました、『あの微笑には、一種の光が差していた』と。」

「無防備であったピノ神父は、その微笑を通して神の力を伝え、その微笑の優しい光は、心の奥を穿ち、中を照らし出しました。その光は、愛と恵み、奉仕の光でした。」

このように語った教皇は、わたしたちは愛を信じ、奉仕に生きる「微笑の司祭」「微笑のキリスト者」を必要としていると話された。

「ピノ神父は危険を知っていましたが、彼が最もよく知っていたのは、人生の真の危険は、面倒を避けた、適当な生き方の中にあるということでした」と教皇は話し、「自分にさえよければ、なんでもよい」「悪いことさえしなければ、それでよい」という考えから、神がわたしたちを解放してくださるように、と祈られた。

マフィアに回心を呼びかける

教皇は「権力のあとを追わず、皆で歩むこと」の必要を強調。

そして、マフィアに呼びかけの言葉を向けられた。

「マフィアの人たちに言います。兄弟、姉妹よ、変わってください!自分たちと、自分たちのお金だけを考えるのをやめてください。」

「皆さんは知っています『死者を包む布には、ポケットがない』と。あなたたちは何も持っていくことはできないのです。」

「イエス・キリストの真の神に対して、回心してください。そうでなければ、皆さんの命は失われ、それは最悪の敗北となるでしょう」

教皇はこのように、マフィアに回心を強く呼びかけられた。

15 9月 2018, 16:04