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祖父母と高齢者のための祈願日:教皇「共に成長し、生きていこう」

「祖父母と高齢者のための世界祈願日」、教皇フランシスコはバチカンでミサをとり行われた。

 カトリック教会の「第3回祖父母と高齢者のための世界祈願日」が、7月23日(日)、記念された。

 教皇フランシスコは、同日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、お年寄りと付き添いの家族たちをはじめ、様々な年代の信者らと、この祈願日のためのミサをとり行われた。

 今年の「祖父母と高齢者のための世界祈願日」は、ポルトガルで行われる「世界青年の日(ワールドユースデー)リスボン大会」を間近に控える中で記念された。

 ミサの中では、五大陸を象徴的に代表する5人のお年寄りから、これからワールドユースデー参加のためリスボンに出発する5人の若者に「巡礼者の十字架」が託された。  

 教皇はミサの説教で、マタイによる福音書13章中の「毒麦」のたとえ、「からし種」のたとえ、「パン種」のたとえの、3つのたとえを取り上げられた。

 そして、畑の中の麦と毒麦、からし種が成長し大きくなった木とその枝に巣を作る鳥、粉に混ぜられて膨れるパン種の関係に、教皇は「共に成長する」というテーマを見出し、それぞれのたとえを観想された。

 特にこの日の福音朗読箇所である「毒麦」のたとえ(マタイ13,24-30)をめぐり、教皇は人類の歴史や人生の中には、光と陰、愛とエゴイズム、善と悪が、分かち難いもののように共存するが、この現実主義的アプローチは、イデオロギーや、不毛な楽観主義、有害な悲観主義を持つこと無しに、歴史を見つめることを助けてくれる、と述べられた。

 キリスト者は悲観主義者でも、おとぎ話の世界に生きる無邪気な者でもなく、現実を見ることのできる者であり、世の中には麦も毒麦もあり、光を妨げる戦うべき相手は外だけではなく、自分の内側にもあることを知っている、と話された。

 このたとえの中で、毒麦を「行って抜き集めておきましょうか」と言うしもべたちに対し、 主人は「いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」と答えていることに教皇は注目。

 イエスのこの言葉に、他者の弱さや限界に対し辛抱強く接し、あきらめたり、相手を裁くことなく、尊重を持って介入することを学ばせ、穏やかに忍耐のうちに良い麦を育てることを教える、神の眼差しとその「いつくしみの教育」を見出された。

 そして、教皇は、わたしたちは、心の浄化と悪に対する最終的な勝利は常に本質的に神の業によるものであることを忘れずに、麦と毒麦とを分けたい誘惑と戦いながら、いつ、どのような形で行動すべきかを理解するように招かれている、と説かれた。

 教皇は、長い人生を歩んできたお年寄りたちに対し、過ぎた人生を振り返る時に、実現した多くの素晴らしいこともあれば、また二度と繰り返したくない敗北や失敗もあるだろう、と話しながら、今日、主は御言葉を通して、人生の神秘を平安をもって受け入れ、嘆きや後悔の中に生きずに、神に裁きをゆだねるよう招いている、と語られた。

 老齢は和解の時、と述べた教皇は、神がまいた良い麦は、悪魔がまいた毒麦にまさって成長するという希望に満ちた信頼のうちに、陰の中にも伸びていった光を優しさをもって見つめるよう励まされた。

 また、教皇は若い人たちに、祖父母やお年寄りから受けた愛情によって自分たちが何度もいやされ、立ち上がらせてもらったことを忘れずに、お年寄りたちを大切にし、共に成長し、共に生きていこう、と呼びかけられた。

 

23 7月 2023, 16:49