Cerca

Vatican News

灰の水曜日:教皇、ローマの聖サビーナ教会で伝統の儀式

教皇フランシスコは、四旬節の初日「灰の水曜日」の典礼をとり行われた。

教皇フランシスコは、3月6日、ローマのアベンティーノの丘にある聖サビーナ教会で、「灰の水曜日」の儀式をとり行われた。

カトリック教会の典礼暦は、同日「灰の水曜日」を記念し、これと共に「復活祭」に向かう祈りと償いの期間、「四旬節」の歩みが始まった。

「四旬節」は、復活祭までの主日(日曜日)を除く40日間を指す。これは、キリストが公生活に入る前、荒野で40日間の断食を行ったことにちなんでいる。

この期間、信者は、悔悛、祈り、断食、節制、愛徳の業などの実践を通し、キリストの復活の記念によりよい形で与る準備をする。

また、四旬節は、受洗を控えた洗礼志願者たちの霊的準備の時であると共に、一般の信者にとっても自分の信仰を見つめ直すよい機会となる。

「灰の水曜日」と呼ばれる四旬節の初日には、死と悔い改めを象徴する灰を各自が頭に受ける、「灰の儀式」が行われる。

この儀式で、司式者は灰を一人ひとりの額に授けながら、「塵に過ぎないおまえは塵に返る」(創世記3,19)と唱える。

聖書において「灰」は、主に対するアブラハムの言葉「塵あくたにすぎないわたしですが、あえて、わが主に申し上げます」(創世記18,27)、ヨブの嘆き「わたしは泥の中に投げ込まれ、塵あくたに等しくなってしまった」(ヨブ記30, 19)などに見られるように、人間の儚さの象徴としてしばしば登場する。

また、「灰」は、預言者ヨナが都ニネベに悔い改めを呼びかけた時、ニネベの王は「粗布をまとって灰の上に座した」(ヨナ書3,6)、あるいは、危機を前にしたイスラエルの民が神の助けを祈り、「神殿の前にひれ伏し、頭に灰をかぶって」(ユディト記 4,11)とあるように、悔い改めと回心、主に新たに向かう歩みの象徴でもある。

この「灰の水曜日」、ローマのアベンティーノの丘に赴かれた教皇は、聖職者や修道者、信者らと共に、聖アンセルモ教会から聖サビーナ教会に向けて、厳かな宗教行列を行われた。

到着した聖サビーナ教会で、教皇はミサを捧げられ、この中で「灰の式」をとり行なわれた。

教皇は説教で、四旬節とは「人生の航路」を再確認し、道を失わないように「目的地」を見据える時、と強調。

主に立ち返るこの旅に必要なものとして、「施し」「祈り」「断食」の3つを示された。

そして、祈りによって「高き」を見上げ、施しによって「他者」を忘れず、断食によって執着から自由な自分の「奥深く」を見つめるようにと招かれた。

教皇は、消費主義や、エゴイズム、より多くの所有を求め満足を知らない欲望、貧しい人に対する閉じた心からの解放を呼びかけられた。

十字架上のイエスは愛に燃えながら、わたしたちをその同じ愛で熱く燃える人生へと招き、わたしたちがこの世の灰に埋もれないようにと願っておられる、と説いた教皇は、イエスに従う生き方は難しくても、それがわたしたちを「目的地」へと導くことになる、と話された。

説教に続く「灰の式」で、教皇は、聖サビーナ教会を名義聖堂とするジョゼフ・トムコ枢機卿から、最初にご自身の頭に灰を受けられた。

そして、教皇は参列者ら一人ひとりの頭に、十字のしるしと共に灰を授けられた。

06 3月 2019, 19:36