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教皇フランシスコ、アンジェラスの祈り 教皇フランシスコ、アンジェラスの祈り  (Vatican Media)

教皇フランシスコ,「家庭は守り保護すべき大切な宝」

12月30日,日曜恒例正午のアンジェラスの祈りに際して、教皇はこの日、記念される聖家族の祝日にちなみナザレトの聖家族について話され、その模範にならうよう信徒たちに勧めた。

「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、聖家族の聖母マリア、聖ヨセフそしてイエスの三人は深い愛に結ばれ、神への大きな信頼に生かされていました。

しかし、その日常生活には多くの家庭につきもの「驚きと苦悩」という二つの特徴も見られます。

今日のミサ中で朗読された福音書には、イエスが12歳の時に両親とともに過越祭を祝うためにエルサレムに上り、その帰路、三日間迷子になったエピソードが語られています。

三日間少年イエスを見失った両親の心配と苦しみを福音書は鮮明に物語っています。

ナザレトの聖家族がどれほどイエスを中心に動いていたかに注意を向けましょう。

エルサレムからの帰り道、巡礼団の中に少年イエスの不在に気づいた両親はエルサレムに引き返し、三日後に神殿の中で学者たちと対話している少年イエスを発見します。

福音書はこの三日間、聖母と聖ヨセフが心から心配して少年を探し回ったことを指摘しています。かれらのイエスを探し求める真剣さに心を打たれます。

わたしたちもイエスを見失うときかれらのように本当に心からイエスを探し求めることが必要です。

三日間イエスを見失った際の両親の心労と苦悩は、かれらの生活の中心がどれほどこの少年イエスにおかれていたかを如実に示しています。

わたしたち自身も含めて多くの人々は、イエスを見失ってもそのことにすら気が付きません。

イエスをわたしたちの生活の、そしてなによりも心の中心に置くなら、イエスの存在を忘れる時、わたしたちも、あの聖母マリアやヨセフのように心から心配し悲しみ苦しむはずです。

必死になってイエスを探し求める必要があります。

祈りを怠ったり、聖書を読むことをなおざりにしたり、イエスの存在や慰めに満ちたその友情を忘れ去るとき、わたしたちはイエスを見失っているのです。

わたしたちは何日間もイエスを思い起こすこともなく過ごしてしまうことがあります。

それは大変良くないことです。

イエスを見失っても、何の悲しみも感じないというのは聖家族とはなんという違いでしょう。

マリアとヨセフは少年イエスを三日間探し回り、神殿の中で皆に教えている少年イエスを見出しました。同じようにわたしたちもいつでも神の家の中で、師なるイエスを見出すことが出来ます。

救いのメッセージに耳を傾けることや、ミサ聖祭の中で、神の子イエスに出会います。イエスはわたしたち一人ひとりに語りかけ、行くべき道を照らしてくださいます。

家庭生活においては必ず様々な困難や問題、びっくりするような予期せぬ出来事がつきものです。

そのような時、往々にして人は自分自身の中に閉じこもりがちですが、そのようなときかえって、心を外に向け他者の善を求めて外に向かうようにいたしましょう」。

30 12月 2018, 18:59