ベータ版

Cerca

Vatican News
教皇フランシスコ、2018年11月1日「諸聖人」の祭日、バチカンで正午の祈り 教皇フランシスコ、2018年11月1日「諸聖人」の祭日、バチカンで正午の祈り  (Vatican Media)

諸聖人の祭日:教皇「聖人たちと一致し、至福への道を歩もう」

カトリック教会の典礼暦は、11月1日、「諸聖人」の祭日を迎えた。

教皇フランシスコは、11月1日、「諸聖人」の祭日、バチカンで正午の祈りを信者らと共に唱えられた。

集いの説教で教皇は、この日の第一朗読「ヨハネの黙示録」(7,2-4、9-14)から、「白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と子羊の前に立って」神を称える、「あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、誰にも数えきれないほどの大群衆」(同7,9)を観想された。

教皇は、これらの人々とは、聖人たちであり、彼らは天国で神を賛美しながら、喜びをもって共に歌っていると話された。

これら聖人たちの賛歌を聞くことができるならば、どんなに素晴らしいだろうか、と教皇は述べつつ、実は、わたしたちはミサの中で「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の神なる主」と「サンクトゥス」を唱和する時、聖人たちに思いをはせるだけでなく、彼らとよりいっそう一致しているのである、と語られた。

「わたしたちは『すべての聖人たち』と一致している」と教皇は述べ、すべての聖人たちとは、教会暦の著名な聖人たちはもとより、今では天国の大群衆に属している、わたしたちの親しい人々や知り合いたちのことをも指している、と説明。

こうしたことから、今日の諸聖人の祭日は、家族のお祭りとも言える、と話された。

聖人たちは、わたしたちの近くにいる、真の兄弟姉妹であり、わたしたちを理解し、愛し、わたしたちにとって何がためになるかを知り、わたしたちを助け、待っていてくれる存在であると、教皇は説かれた。

「心の貧しい人々は、幸いである...柔和な人々は、幸いである...心の清い人々は、幸いである。」(参照:マタイ5,3-8)

この日の福音朗読箇所、イエスが「真福八端」の教えを説く場面(マタイ5・1-12a)を引用された教皇は、この世では、富む人々や、横暴な人々、狡猾で、享楽的な人々を「幸い」と捉えるのに対し、福音は、心の貧しい人々、柔和な人々、心の清い人々を「幸い」と呼んでいる、これはどういうことだろうかと問われた。

イエスが説くこの幸福と聖性への道は、一見、敗北への道のように思われるが、聖人たちは手に「なつめやしの枝」(参照:黙示録7,9 )、すなわち勝利の印を持っているように、勝利したのはこの世ではなく、彼らなのである、と強調された。

聖人たちは、わたしたちに彼らの方につくように、すなわち聖なる神の側を選ぶように、謙遜、柔和、いつくしみ、清さを選び、この世より天国に情熱を持つようにと励ましている、と教皇は話された。

そして、聖人たちは、福音に耳を傾けるだけでなく、その教えを実行に移し、至福への道を歩むようにと招いている、と述べた教皇は、毎日この道を歩み続けることで、わたしたちは天の家族、天の家へと向かうことができるだろうと説かれた。

01 11月 2018, 17:25