教皇、パレルモ郊外へ、福者プリージ神父の足跡をたずねて
教皇フランシスコは、福者・殉教者ピノ・プリージ神父の足跡をたずね、南伊パレルモのブランカッチョ地区を訪問した。
福者ピノ・プリージ神父(1937-1993)の殉教からちょうど25年目の9月15日、教皇フランシスコは、プリージ神父が生まれ育ち、そして後に司牧の場、殉教の地となったイタリア・シチリア州パレルモ郊外ブランカッチョ地区を訪れた。
パレルモ市南東郊外の同地区の靴職人の家庭に生まれたピノ神父は、16歳で同市の神学校に入り、司祭に叙階されたが、1990年、小教区の主任司祭として、幼少から慣れ親しんだこの地区に戻ってきた。
当時、地元マフィアの一族が深い影響を及ぼしていたこの地区で、ピノ神父は、子どもや若者たちの将来をマフィアの手から守るため、地道な活動を続けていたが、やがてマフィアにとって目障りな存在となり、始めは脅迫の対象に、最後は暗殺の対象となった。
教皇は、プリージ神父が自身の56歳の誕生日に、二人組の犯人によって殺害された場所、同神父の自宅前で、車から下りた。
プリージ神父の家の前には、大勢の住民が詰めかけ教皇を歓迎した。
教皇は、障害者の少女から赤いバラの花籠を受け取ると、それを祝別し、プリージ神父の殉教の場を示す、地表に埋められたブロンズの碑の上に捧げた。
そして、教皇は碑の前にたたずみ、長い沈黙のうちに祈られた。
この後、教皇は、現在、記念館となっている、ピノ神父の自宅の中に入られた。
ここで教皇は、当時のそのままに残されているピノ神父の住まいを案内され、同神父の信仰と簡素な生活ぶりが伝わるその空間を目にされた。
教皇は、同地区訪問で、ピノ神父の司牧の中心となった聖ガエタノ教会を訪れたほか、ピノ神父の2人の兄弟とその家族らともお会いになった。
15 9月 2018, 17:14