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教皇フランシスコ、2018年7月8日、バチカンでの日曜正午の祈り 教皇フランシスコ、2018年7月8日、バチカンでの日曜正午の祈り  (ANSA)

「キリスト者の一致のしるし」教皇、バーリ訪問を振り返る

教皇フランシスコは、7月8日の日曜正午の集いで、前日、南イタリア・バーリで行われた、「中東平和のためのエキュメニカルな祈り」について報告された。

正午の祈りにおいて、教皇は、7日にバーリで開催されたエキュメニカルな出会いを通し、中東のキリスト教諸教会の総主教や指導者らと共に、同地域の平和をめぐり、祈りと考察の特別な一日を過ごすことができた述べられた。

教皇は、集いに参加した総主教や代表者らの態度とその信仰の証しに、大きな感銘を受けたと語り、感謝の意を新たにされた。

また、教皇は、現地の教会関係者と信者たちの、祈りによる支えと喜びに満ちた参加にお礼を述べられた。

この日、教皇は集いの中で、マルコ福音書の、イエスが故郷ナザレで受け入れられなかったエピソード(マルコ6,1-6)を取り上げ、説教を行われた。

教皇は、なぜイエスの同郷の人々は、会堂でイエスの教えを聞き、その叡智に驚きながらも、最後には「このようなことをどこから得たのだろう...この人は大工ではないか」(同6,2)と、イエスにつまづいてしまったのだろうかと問われた。

ナザレの民の考えでは、神は自ら身を低め、一人のごく普通の男を通して人々に語りかけるには、あまりに偉大すぎたからである、と教皇は話された。

ナザレの人々は、人となられた神の御子につまづいたが、実際、神の恵みは、しばしばわたしたちの想像もつかない驚くべき方法で示されるがゆえに、今日を生きるわたしたちも、神に謙遜に耳を傾け、従順に待ち望む態度をとらねばならないと説かれた。

神の恵みを受け入れるためには、それに対して開かれた心と精神、すなわち信仰が必要と教皇は強調。

神の恵みと真理、愛といつくしみのミッションに自分を開くために、わたしたちの心の頑なさと狭い精神を主が解きほぐしてくださるよう、聖母の取り次ぎを願って祈られた。

08 7月 2018, 17:30