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バチカンで行われた使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日のミサで、パリウムを託された首都大司教たち バチカンで行われた使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日のミサで、パリウムを託された首都大司教たち  (Vatican Media)

聖ペトロ・聖パウロ祭日:教皇、東京教区・菊地大司教ら、首都大司教のパリウム祝別

カトリック教会の典礼暦は、6月29日、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日を迎えた。

教皇フランシスコは、バチカンの聖ペトロ広場で、ローマの保護者である使徒聖ペトロと聖パウロを祝うミサを捧げられた。

教皇ミサは、菊地功・東京大司教ら、最近任命された首都大司教たち、また大阪大司教・前田万葉枢機卿ら、前日28日の公開枢機卿会議(コンチストーロ)で叙任されたばかりの新枢機卿たちをはじめ、世界各地の多くの枢機卿・司教による共同司式でとり行われた。

儀式には、正教会のエキュメニカル総主教庁から使節が参列。バチカンと同総主教庁間では、聖ペトロ・聖パウロの祭日と聖アンデレの祭日に、毎年使節が交換されている。

また、日本の巡礼団も参加し、共同祈願では、日本語による祈りも唱えられた。

この日のミサの伝統として、教皇は式中、首都大司教らに授与する「パリウム」を祝別された。

「パリウム」は、白く細長い帯状の肩掛けで、キリストの傷跡を象徴して、6箇所に黒い絹糸で十字架が刺繍されている。毎年聖アグネスの日(1月21日)に教皇に祝別された子羊の毛を用い、作られる。カズラ(祭服の一種)の上から肩に掛けるパリウムは、羊を肩の上に背負う「善き羊飼い」の姿を象徴している。

パリウムを祝別された教皇は、ミサの終わりにそれを首都大司教一人ひとりに手渡された。

首都大司教らはパリウムを各教区に持ち帰り、後日、その国に駐在する教皇大使の手を通して、信者たちの前で肩にかける式を行う。

ミサの説教で、この日の福音朗読を取り上げた教皇は、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」(マタイ16,15)というイエスの問いに、シモン・ペトロが「あなたはメシアです」(参照:同16,16)と答える場面を観想された。

「あなたはメシアです」というペトロの答えは、その時、彼に考えつく限りの最も偉大な呼び名をイエスに与えるものであった、と教皇は振り返られた。

さらに、興味深いことに、ペトロがこのように信仰を表した後に、イエスがご自分の死と復活を予告し、弟子たちに説明し始めていることを教皇は指摘された。

しかし、ペトロは、イエスのこの思いがけない予告に対し、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」(同16,22)といさめ始めた。すると、イエスはペトロに「サタン、引き下がれ」と言われた。

教皇は、信仰を表したばかりのペトロが、すぐにメシアの道を邪魔する「つまずきの石」となり、知らぬ間にイエスの敵になってしまったことに注目。

ペトロの生涯と信仰告白を観想することは、使徒の人生につきまとう誘惑について学ぶことでもあると話された。

そして、ペトロのように、教会もまた、宣教のつまずきとなる悪のささやきに、常にさらされていると語られた。

教皇は、メシアであるキリストの業に参与することは、キリストの栄光、すなわち十字架に参与することであると強調。

イエス・キリストにおいて、栄光と十字架は常に共にあり、それらは切り離すことができないと説かれた。

キリスト者でありながらも、主の傷と適度な距離を保とうとする誘惑に注意を促される教皇は、人間の苦しみに触れるイエスは、わたしたちにご自身と共に隣人の苦しみに触れるようにと招いておられる、と呼びかけられた。

29 6月 2018, 14:21