ベネチア:「立ち上がって、行きなさい」教皇と若者たちとの集い
教皇フランシスコは、4月28日、司牧訪問先のベネチアで、若者たちとの集いを持たれた。
教皇と若者たちの出会いの会場となったサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会(通称:サルーテ聖堂)は、カナル・グランデとカナル・ジュデッカの2つの運河の間に細長い三角形状に伸びる地区、プンタ・デッラ・ドガーナにそびえるバロック様式の聖堂。17世紀前半、当時流行した黒死病に苦しむベネチア市民の聖母への信心を表すものとして建設が進められ、1687年に完成した。
サン・マルコ広場を対岸に望むサルーテ聖堂前の広場には、イタリア北東部のベネト州、フリウリ=ベネチア・ジュリア州、トレンティーノ=アルト・アディジェ州の3州にある15教区を代表し、若者たち約1500人が集った。
教皇は、最初に訪れたジュデッカ島から船でサルーテ聖堂に到着、ゴルフカーで広場を一巡され、若者たちからの熱い歓迎を受けられた。
若い参加者らに向けた言葉で教皇は、「わたしたちは皆、神から愛された子であるという、大きな恵みを受けています。そして、信仰を証しし、その喜びを生きる、という夢を実現するように主から招かれています」と話された。
また、教皇は、「わたしたちが今日ここにいるのは、主において自分が自分であることの素晴らしさを再発見し、それをイエスの名において喜ぶためです。イエスは若い人々を愛される若い神、いつも驚きを与えられる神です」と語られた。
教皇は、天使からイエスの受胎を告知されたおとめマリアが、主の喜びを伝えるため、そして同じく身ごもっていた親類のエリザベトを助けるために、「出かけて、急いで山里に向かった」(参照 ルカ1,39)場面に注目しつつ、「立ち上がり」「行く」マリアの姿を観想された。
「立ち上がる」とは、地面から起き上がることであるが、それはわたしたちが天のために創られているからであり、また、悲しみから立ち上がり眼差しを上に向けるため、ソファに座っていないで人生を前に積極的でいるためでもある、と教皇は指摘。
そして、「立ち上がる」のは、わたしたちを信頼してくださる主に「はい」と言うため、あるがままの自分を恵みとして受け入れるため、自分を何よりも尊くかけがえのないものと認めるためでもある、と話された。
「立ち上がった」後に「行く」という動作が続くが、「行く」のは、自分を他者に与えるため、相手を愛するため、出会いを求め歩んでいくためである、と教皇は説明。
人生を自分の手でつかみたいならば、「立ち上がり」、神に心を開き、感謝し、自分の素晴らしさに気付き、人生を愛することが必要であり、そして外に出て「行き」、他者と共に歩み、世界を創造性で彩り、人生の道を福音の色で描くことである、と強調された。
イエスは多くの人を助け、いやしながら、「立ち上がって、行きなさい」(参照 ルカ1,39)と言われた、と教皇は述べ、若者たちがイエスのこの呼びかけに耳を傾け、それを自分の中で繰り返し、心に保ち続けることを望まれた。