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教皇、ブダペストで「第52回国際聖体大会」閉会ミサ

ハンガリーを訪問した教皇フランシスコは、首都ブダペストで「第52回国際聖体大会」の閉会ミサをとり行われた。

 教皇フランシスコは、9月12日(日)、ハンガリーを訪問、首都ブダペストで「第52回国際聖体大会」の閉会ミサをとり行われた。

 今大会は、「わたしの源はすべてあなたの中にある」(詩編87.7)をテーマに、9月5日(日)から一週間にわたり開催されていた。

 この日、ブダペストの英雄広場には、教皇ミサのためにおよそ10万人の参加者がつめかけた。83年前の1938年、ブダペストでの初めての国際聖体大会が開催されたその同じ広場で、教皇フランシスコによって、全世界の信者の精神的な一致のもとに、荘厳なミサが捧げられた。

 このミサには、正教会のエキュメニカル総主教バルトロメオス1世も参列した。青空の下とり行われた儀式に、大合唱団による聖歌の美しい調べが響き渡った。

 教皇はこのミサの説教で次のように話された。

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 親愛なる兄弟姉妹の皆さん

 イエスはフィリポ・カイサリア地方に行かれた時、人々が自分についてどう考えているかと弟子たちに尋ねた後、今度は弟子たちに「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」 (マルコ 8,29)と問われます。

 この問いは、弟子たちにとって、真剣にイエスに従っていく覚悟があるのかをしるす、重要な問いでもありました。弟子たちはイエスをよく知っていたはずです。彼らはイエスとの関係において「初心者」ではありませんでした。他の人々と比べ、イエスとより親しい関係にありました。イエスがおこなった多くの奇跡の目撃者でもありました。イエスの教えに心打たれ、どこに行くにも付き従った人たちです。それにも関わらず、イエスの真の姿を知っているとは言えませんでした。まだ、最後の一歩が足りなかったのです。イエスに対する憧れはありましたが、真の意味でイエスに倣うところまではいたりませんでした。

 今日、主はわたしたち一人ひとりを見つめながら、同じ問いを繰り返されます。「あなたはわたしを何者だと言うのか」と。 イエスはこの問いに公教要理が教えてくれるような答えではなく、わたし自身の内部からの、いのちの答えを要求しているのです。

 実は、この問いへの答えに、わたしたちがどのように主に従っているかがかかっているのです。その答えには、イエスの弟子たちが通過し、またわたしたちも通るべき、三つの段階があります。それは、「イエスの告知」、「イエスと共なる識別」、そして「イエスの後を歩むこと」です。

1)イエスの告知

 「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」というこの問いに、皆を代表してペトロが答えています。「あなたは、メシアです」と。

 言葉少ないこのペトロの答えは、真髄をついています。しかし、驚くことに、イエスは、そのことは誰にも話さないようにと命じます  (マルコ 8,30) 。イエスのこの禁止は何なのでしょうか。イエスがキリスト、すなわち救い主であるということは、確かに正しい答えですが、それはまだ不完全だったのです。そこには、救い主であるという意味が、神の思いからではなく、まったく人間的な考えによって広まってしまうという危険性があったからです。

 ですから、イエスはこの時から、ご自分の本質を、聖体の秘跡に見ることができる、過ぎ越しの神秘における真の姿として示し始めるのです。イエスのメシア、救い主としての使命は、十字架上の死を通して、復活の栄光において、極みに達します。人間ではなく、神の叡智に従って、すべては実現されます。それは聖パウロが言っているとおりです。「それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません」 (1コリント2,6)。

 イエスはご自分のメシア性、救い主であるということを、沈黙の中に置きますが、彼を待ち受ける十字架については、隠したりはしません。事実、福音記者は、イエスは十字架については何も隠さず、しかも、そのことをはっきりとお話になった、と記しています (マルコ 8,32) 。

 「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」(同 8,31) 。イエスのこの驚くべき言葉に、わたしたちも驚かされます。わたしたちですら、十字架にかけられて死んでいくみじめな姿のメシアより、力強い救い主を望むでしょう。

 しかし、神はどのような方であるか、わたしたちの目の前にある聖体の秘跡が、それを思い起こさせてくれます。聖体は、言葉ではなく、十字架につけられ、愛そのもの、すべてを与え、砕かれたパンとして、神を具体的に示しています。多くの儀式で飾り立てることはできるでしょう。しかし、主は割かれ、皆に配られ、そして食べられるパンの中に留まられます。主はわたしたちの救いのために、生命を与えるべく下僕となられます。わたしたちに生命を与えるために、ご自身は死なれるのです。

2)イエスと共なる識別

 主の言葉を聞いたペトロの態度は、まったく人間的です。十字架や苦しみを、人間は素直に受け取ることができません。ペトロは、イエスをメシア、救い主だと宣言した後で、師の言葉につまずきます。そして、師の生涯に何とかそのようなことが起きないようにと願います。

 今も昔も、誰もが十字架を好みません。十字架にかかられた主の御前で、わたしたちは厳しい内面の葛藤を体験します。神の思いに従うか、あるいは人間的な思いに従うか。神の思いは、謙虚な愛の思いです。神の道は、あらゆる見せかけや、凱旋主義ではなく、そこにあるものは、自分を犠牲にしてまでも他者に善を施すことだけです。一方で、人間的な思い、この世の論理は、名誉や特権に執着し、成功や称賛ばかりを追い求めます。そこで重要なのは、人々の前で目立つこと、力を誇示することだけです。

 ペトロもこの思いにとらわれ、イエスをわきにお連れして、いさめ始めます(参照 同 8,32) 。わたしたちにもイエスをわきにお連れすること、すなわち心の隅に置いてしまうことがあるでしょう。しかし、イエスはこの内的な戦いにおいて、いつもわたしたちと共にいてくださいます。なぜなら、イエスは、わたしたちにも使徒たちのようにご自身の側を選ぶことを望まれるからです。わたしたちの前には、神の側と、世の側の、両方があります。違いは、信心深いかどうかにあるのではありません。真の違いは、本当の神と、「わたしたち自身という神」の間にあるのです。

 沈黙の中に十字架の上から支配される方と、力で支配しようとする偽りの神との間には、どれほど違いがあることでしょう。ただ愛だけを生きるキリストは、世にへつらい、権力を握る偽メシアとは、どれほど異なっていることでしょう。

 イエスは、わたしたちが信仰を宣言することだけでは満足されません。わたしたちの宗教性を、その十字架の前、聖体の秘跡の前で浄化することをお望みです。神の弱さを観想するために、聖体の前で礼拝させるのです。聖体礼拝のために時間を使いましょう。生けるパンであるイエスにわたしたちの閉じた心を開き、人々と分かち合い、厳格主義から解放され、わたしたち自身にこだわる精神からいやしていただきましょう。わたしたちを動けなくする心の奴隷制のくびきから解放し、ご自身がお望みになるところに、わたしたちが従っていけるよう、イエスが導いてくださいますように。

3)イエスの後を歩むこと

 「サタン、引き下がれ」(同 8,33)。イエスは強い調子でこう言い、ペトロを我に返します。主は何かを命ずる時、必ずご自身がそこにいて、命令を果たせるように助ける用意ができています。ペトロは「引き下がる」恵みを受け入れます。キリスト者の歩みは、成功を追い求めることではなく、「引き下がる」こと、自分自身を中心から取り去ることより始まります。そこでペトロは、中心にあるべきものは、自分が考えるイエスではなく、本物のイエスであることに気づきます。彼はまだ失敗することでしょう、しかし、ゆるしからゆるしを渡り歩くうちに、神の御顔をいっそうよく理解するようになるでしょう。キリストに対する不毛な称賛から、具体的な真のキリストの模倣へと移っていくでしょう。

 イエスの後を歩くとは、いったいどういうことでしょうか。それは、神の愛される子としての信頼をもって人生を進め、ということです。それは、仕えられるためではなく、仕えるために来られた師と同じ道を歩め、ということです(参照 マルコ10,45)。毎日、わたしたちの歩みを兄弟との出会いに向けよ、と言うことです。聖体は、わたしたちが一つとなること、他者のために自分自身を割いて犠牲にすることを助けてくれます。

 親愛なる兄弟姉妹の皆さん、皆さんが崇敬する偉大で勇敢な聖人たち、例えば聖ステファノや、聖エリザベトのように、聖体の秘跡にましますイエスとの出会いが、わたしたちを変革してくださいますように。 これらの聖人たちのように、多くを望まず、単なる儀式や繰り返しに信仰をおとしめず、世に生命を与えるために割かれたパンである、十字架上で死にそして復活された神の新しさに、心を開きましょう。こうして、わたしたちは喜びの中に生き、喜びをもたらすことができるでしょう。

 この国際聖体大会は 到着点であると同時に、特に出発点でもあります。なぜなら、イエスの後を歩むということは、前を見つめ、恵みの働きを受け入れ、イエスがフィリポ・カイサリアでその弟子たちに投げかけた「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」という問い、毎日わたしたちにも繰り返されている、その問いを生きることだからです。

12 9月 2021, 14:09