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聖金曜日「主の受難の儀式」 床に伏して祈る教皇フランシスコ 2021年4月2日 聖金曜日「主の受難の儀式」 床に伏して祈る教皇フランシスコ 2021年4月2日 

聖金曜日:キリストの受難と死を記念

「聖金曜日」、教皇フランシスコは「主の受難の儀式」をとり行われた。

 4月2日、イエス・キリストの受難と十字架上の死を記念する「聖金曜日」を迎えた。

 同日午後、教皇フランシスコはバチカンの聖ペトロ大聖堂で「主の受難の儀式」を厳かにとり行われた。

 この儀式は、教皇の床に伏しての祈りから始まった。祭壇前に伏し祈る教皇と共に、会衆もひざまずき祈った。

 ことばの典礼では、「ヨハネによる福音書」(18,1-19,42)から、イエスがユダの裏切りによって捕らえられ、裁判にかけられ、死刑の判決を受け、十字架上で死を遂げ、葬られるまでが朗読された。イエスが息を引き取る場面で、参加者らはひざまずき、首を垂れ、聖堂内に沈黙が流れた。

 福音朗読後、教皇付説教師ラニエーレ・カンタラメッサ枢機卿による説教が行われた。

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 カンタラメッサ枢機卿は、昨年10月に発表された「兄弟愛」をめぐる教皇フランシスコの回勅、「フラテッリ・トゥッティ」に言及。

 同回勅は教会の内外、すなわち全人類に向けられているが、この兄弟愛のキリスト教的基礎は、まさにイエスの十字架にあり、十字架を通して兄弟愛は始まりを告げた、と話した。

 新約聖書において「兄弟」は、同じ両親のもとに生まれた者という意味から、同じ民族や国に属す者、さらには「隣人」とよばれるすべての人を指すように広がっていった、と同枢機卿は振り返りつつ、これらの古くから知られた意味の隣に、新約聖書は「兄弟」について、もう一つの特別な定義を与えている、と指摘。それはイエスの教えを受け入れる者たち、イエスの弟子という意味である、と話した。

 実際、イエスは、「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。… だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」(マタイ12, 48-50)と言われた。

 キリストの過ぎ越しはそのための新たな決定的段階をしるし、それによって御子は「多くの兄弟の中で長子となり」(ローマ8,29)、弟子たちはイエスの教えだけでなく聖霊をも分かち合うことで、新しく非常に深い意味での兄弟となった、と同枢機卿は話した。

 また、「わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と」(ヨハネ20,17)と、復活されたイエスがマグダラのマリアに言われたように、イエスが復活の後に初めてご自分の弟子たちを「兄弟」と呼んでいることに注目。

 イエスの復活の後、「兄弟」とは、信仰における兄弟、キリストの「血」につながった兄弟を示すことになった、と話した。

 兄弟愛を築くには、近くから、すなわちわたしたちの間から始めることが必要とカンタラメッサ枢機卿は述べ、普遍的兄弟愛は、カトリック教会内の兄弟愛から始まる、と語った。

 しかし、カトリック教会の兄弟愛は傷ついている、と述べた同枢機卿は、教会内の分裂を生む最もよくある原因は、教義でも秘跡でも教会内の役割をめぐる問題でもなく、それは政治的指向である、と指摘。

 政治的選択が宗教的・教会的な選択を超え、イデオロギーと結びつく時、教会における従順の価値と義務は完全に忘れ去られてしまう、と語った。

 こうした中、カンタラメッサ枢機卿は、イエスの周りにはファリサイ派、サドカイ派、エッセネ派、熱心党と、四つもの派が存在したにも関わらず、イエスはそのどれにも属さず、イエスを引き込もうとする勢力にエネルギッシュに抵抗し、初代教会もその選択に忠実に従った、と思い起こし、この福音とイエスの模範から学ぶよう呼びかけた。

 同枢機卿は、特に司牧者たちは託された群れを自分の方に連れて行くのか、イエスの方に連れて行くのかを、良心に照らして真剣に考える必要がある、と話し、すべての教会に善をもたらす「一致」を、まずカトリック教会自身が育む必要を説いた。

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 聖金曜日の「盛式共同祈願」では、普遍的な祈りに加え、「パンデミックの時代に苦しむ人々のため」にも祈りが上げられ、病者、医療関係者、亡くなったすべての方々、家族らのために、苦しむ人たちの避けどころ、砦である神に、憐れみと慰めを祈り求めた。

 次いで、十字架の崇敬が行われ、十字架を掲げた助祭は、祭壇に向かって進みつつ、三度立ち止まり、そのたびに十字架を高く上げ、皆に顕示した。

 最後に、十字架を受け取った教皇は、皆を代表し十字架に接吻し、崇敬を表された。

 聖体拝領式の後、人々は飾りのない祭壇前に残された十字架を見つめしばし祈り、沈黙のうちに解散した。

02 4月 2021, 20:49