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教皇フランシスコ 2021年3月10日の一般謁見 教皇フランシスコ 2021年3月10日の一般謁見  (Vatican Media)

「戦争への答えは兄弟愛」教皇、イラク訪問を振り返る

教皇フランシスコは、3月10日(水)の一般謁見で、先日行われたイラク訪問について報告された。

 教皇フランシスコは、3月10日(水)、一般謁見をバチカン宮殿からビデオ中継で行われた。

 この席で教皇は、先日行われたばかりのイラク訪問について報告された。

 教皇は、3月5日から8日まで、イラクに赴き、首都バグダッドをはじめ、ナジャフ、ウル、アルビル、モスル、カラコシュの各地を訪れていた。

 教皇は、「イラクを訪問することは、聖ヨハネ・パウロ2世が果たせなかった計画を実現することであり、これまでアブラハムの地を訪れた教皇はいなかったが、神の御摂理は長年の戦争とテロ、パンデミックの試練の中に、希望のしるしとしてこの訪問が行われることを望んだ」と話された。

 教皇はこの訪問の実現を神に感謝すると共に、イラク大統領と政府および教会関係者、そして、ナジャフで会見したイスラム教シーア派の大アヤトラ(最高位聖職者)シスタニ師をはじめとする諸宗教代表者らに心からのお礼を述べられた。

 「悔い改めの心のもとに行ったこの巡礼で、イラクの人々が長年背負ってきた大きな十字架を、カトリック教会の名のもとにご自分が背負うことなくしては、迫害に苦しんだこの民に近づくことはできないと思っていた」と教皇は語り、実際、破壊の跡や、暴力・迫害・避難を体験した人々の証言を聞いて、その思いはより深まったと話した。

 その一方で、この訪問を通し、キリストのメッセージを受け入れる喜び、また「あなたがたは皆兄弟なのだ」(参照 マタイ23,8)というイエスのメッセージに要約される、平和と兄弟愛へと開く希望を、人々の間に見ることができた、と語った。

 「イラクの人々には平和に生きる権利がある。彼らが持つ尊厳を取り戻す権利がある」と教皇は述べ、「文明のゆりかご」であるメソポタミアの数千年にわたる歴史、宗教・文化的ルーツに思いをはせられた。

 時代は変わっても、都市や文明を破壊し、人類を蝕んでいくのは、常に戦争であると述べつつ、教皇は「戦争への答えは、別の戦争ではない。武器への答えは、別の武器ではない。その答えは、兄弟愛である」と強調。これはイラクだけの挑戦ではなく、全世界の挑戦である、と説かれた。

 この兄弟愛のために、アブラハムの地、ウルで諸宗教代表者らが集い、父祖アブラハムがおよそ4千年前に神の声を聞き旅立った、その同じ天の下で祈りを共にした、と教皇は語った。

 バグダッドのシリア典礼カトリック教会のカテドラルでイラクの教会関係者との出会いが行われたが、そのカテドラルは、2010年、ミサ中のテロ攻撃で、司祭2人を含む48人の犠牲者を出した場所であると教皇は説明。イラクの教会は殉教者の教会であるが、教皇を迎え人々が再び取り戻した喜びを感じることができた、と話した。

 モスルとカラコシュでは、ISによる占領で、キリスト教徒や、ヤジディ教徒を含む数万人の住民が避難を余儀なくされ、これらの都市の古くからのアイデンティティーは破壊された、と教皇は現地で見た暴力の爪痕について語った。

 現在、困難のうちにも復興が進められる中、イスラム教徒はキリスト教徒に帰還を呼びかけ、教会やモスクの修復を力を合わせて行っていることを紹介された教皇は、これらの兄弟姉妹たちが再出発の力を得ることができるよう、わたしたちも祈り続けよう、と招かれた。

 教皇は、バグダッドとアルビルでとり行われたミサを振り返り、「アブラハムとその子孫たちの希望は、神の御子イエスの神秘の中に実現された。イエスはご自身の死と復活を通し、わたしたちに約束の地への道、新しいいのちへの道を開いた。そこでは涙は乾き、傷はいやされ、兄弟は和解する」と話された。

 「イラクでは、破壊と戦争の音がとどろく時にも、同国の象徴であり希望の象徴であるヤシの木は、静かに育ち、実をつけた。兄弟愛も同様に、音を立てることなく、しかし豊かに実り、わたしたちを成長させる」と述べた教皇は、平和そのものである神に、兄弟愛に満ちた未来を、イラクに、中東に、そして全世界のために祈られた。

10 3月 2021, 10:48