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教皇フランシスコ 2021年3月24日の一般謁見 教皇フランシスコ 2021年3月24日の一般謁見  (Vatican Media)

イエスを「道」として示すマリア、教皇一般謁見

教皇フランシスコは、3月24日(水)、一般謁見をバチカン宮殿から中継で行われた。

 教皇フランシスコは、3月24日、水曜恒例の一般謁見をバチカン宮殿から中継で行われた。

 「神のお告げ」の祭日を前にしたこの日、教皇は「祈り」をめぐるカテケーシスとして、「マリアと一致した祈り」をテーマに講話された。

 教皇は、キリストは唯一の仲介者として、御父にわたしたちを執り成してくださる方(参照 カトリック教会のカテキズム、2674)であると強調。神に向けて上げるあらゆる祈りは、「キリストによって、キリストとともに、キリストのうちに」おいてなされ、それは主イエスの取り次ぎによって実現する、と話された。

 こうしたことから、キリスト者は、イエスの母であるおとめマリアへの祈りと信心の意味を、このキリストによる唯一の仲介を通して得ている、と教皇は述べた。

 マリアがキリスト者の生活と祈りの中で特別な位置を占めているのは、マリアがキリストの御母であるためである、と教皇は話し、マリアがしばしば東方教会のイコンで「ホディギトリア(道を示す者)」の姿で、すなわち腕に抱いた御子を「道」として指し示す形で、描かれていることを紹介された。

 そして、イタリア南部バーリのカテドラルで見た「ホディギトリア」型の素晴らしいイコンを思い起こされた教皇は、その画の中で聖母は裸の御子、すなわち人間として生まれた御子を、仲介者として示していた、と語られた。

 キリスト教美術の中で、マリアの存在はあらゆる作品にみられるが、その姿は常に御子との関係の中で描かれており、マリアの手、眼差し、態度は、生きたカテキズムとして、最も重要な存在にして中心であるイエスをいつも示している、と話された。

 主の謙遜なはしため、それがマリアが生涯を通し貫いた役割であった、と教皇は述べ、マリアの存在は福音書のある時点からほとんど見られなくなるが、非常に重要な場面、御子が最初の「しるし」を行った「カナの婚礼」や、ゴルゴダの丘の御子の十字架の下に、マリアは再び姿を現す、と指摘された。

 イエスは十字架上で息を引き取る前に、愛する弟子にマリアを託すことで、マリアの母性を全教会の上に広げられたが、その時からわたしたちは、中世の壁画などに見るように、聖母のマントの保護の下に置かれるようになった、と教皇は語った。

 「アヴェ・マリアの祈り」においては、マリアは「テオトコス」、神の母、というエフェソス公会議で認められた称号で呼ばれていることに教皇は言及しつつ、信者は「主の祈り」の後にこの祈りを唱えることで、御母に、わたしたち罪びとのために祈り、「今も、死を迎える時も」見守って欲しいと祈るのである、と話された。

 マリアはこの世を去る子らの枕元に寄り添い、皆から見捨てられた御子に付き添われたように、孤独な人や忘れられた人のそばに留まる、と述べた教皇は、パンデミックのこの日々にも、マリアは、親しい人々から離された状況でこの世の旅を終えた人々のそばに、常に母の優しさをもって立たれる、と語られた。

 マリアに向ける祈りは決して無駄ではない、と教皇は話し、天使のお告げに「はい」と答えた方は、わたしたちの祈りに答え、心の中の思いにも耳を傾けてくださるだろう、と説かれた。

24 3月 2021, 15:13