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教皇フランシスコ 2021年3月17日の一般謁見 教皇フランシスコ 2021年3月17日の一般謁見  (© Vatican Media)

祈りにおける聖霊の働きを考える、教皇一般謁見

教皇フランシスコは、3月17日(水)、一般謁見をバチカン宮殿よりビデオ中継で行われた。

 教皇フランシスコは、3月17日、水曜恒例の一般謁見をバチカン宮殿からビデオ中継で行われた。

 謁見中のカテケーシスで、教皇は「キリスト教的祈り」をテーマに、「祈りと三位一体」の考察を続けられ、特に祈りにおける聖霊の働きに注目された。

 すべてのキリスト者への最初の贈り物は聖霊である、と教皇は述べ、それは多くの恵みの中の一つではなく、本質的賜物であり、聖霊無しではキリストと御父に出会うことはできない、と話された。

 わたしたちが御父を「アッバ、父よ」と呼びながら祈ることができるのは、わたしたちの中に住み、働いておられる聖霊が、わたしたちを神へと惹きつけ、神の子らとして愛される喜びを体験させるからである、と語られた。

 そして、教皇は、祈りにおける聖霊の働きかけについて、「わたしたちがイエスに祈り始めるときはいつも、聖霊が前もって恵みを与えてわたしたちを祈りへと誘っておられます。聖霊がわたしたちの心にキリストへの思いを起こさせながら祈らせてくださっているのであれば、どうして聖霊ご自身に祈らずにいられましょう。それゆえ、教会はわたしたちに、毎日、とくに重要な行為の始めと終わりには必ず聖霊に祈るようにと勧めています」(n. 2670)という教会のカテキズムの一節を示された。

 聖霊はイエスがわたしたちの間におられることを思い出させ、あらゆる時代と場所の信者たちにキリストと出会う機会を開かれた、と教皇は述べ、キリストは遠い彼方にではなく、わたしたちとともにおられ、ペトロや、パウロ、マグダラのマリアになさったように、今日もご自身の弟子たちの心を変えるべく、教え続けておられる、と話された。

 多くの祈る人々が、聖霊の働きによって、自分がいつくしみや、奉仕、祈りの中で「キリストに合わせて」造り変えられていくのを体験した、と教皇は振り返り、修道者や隠遁者だけでなく、普通の信者たちもまた、時には内面の闘いを通して、神との長い対話のストーリーを築いていった、と語られた。

 これらの謙遜な信仰の証し人たちは、福音の中に、聖体の中に、困窮した兄弟たちの中に、神を探し求め、キリストの現存を秘めた炎のように守り続けていた、と述べた教皇は、キリスト者の一番の課題は、まさに、このキリストが地上に投じた火(参照 ルカ12,49)、すなわち神の愛、聖霊を、生き生きと保ち続けることである、と説かれた。

 そして、教皇は、教会が閉っている時も、誰も見ていない時も、主の御前で燃え続ける、聖櫃の隣のランプの火のごとくあるようにと、信者らに願われた。

 また、教皇は、聖霊と祈りの関係について、「その塗油によってわたしたちの存在全体を満たしておられる聖霊は、キリスト教的祈りを内面から支えてくださる教師であり、祈りの生きた伝承を作り上げてくださるかたです。事実、祈りのしかたは、祈る人の数ほど違っています。しかし、すべての人のうちで、すべての人とともに働いておられるのは同じ霊なのです。聖霊と結ばれたキリスト教的祈りが、教会の祈りなのです」(カトリック教会のカテキズムn. 2672)と説明された。

 しばしば、わたしたちは祈る気力がなく、心を置き去りにしたまま、ただ口先で祈っている、と教皇は語りつつ、しかし、こういう時こそ、「聖霊よ、おいでください。わたしに祈りを教えにいらしてください。御父と御子を見つめることを教えてください。信仰の道を教えてください。愛することを、希望を持つことを教えてください」と、聖霊を呼ぶことが大切、と話された。

 「聖霊は教会と世界の歴史をしるされる。わたしたちは聖霊のしるす文字を受けるために開かれたページである。わたしたちそれぞれに聖霊は独自の作品をしるされる。誰ひとり、まったく同じキリスト者は存在しないからである」と教皇は説かれた。

 聖霊がわたしたちの間におられることを決して忘れないように、と願われた教皇は、聖霊に耳を傾け、「聖霊よ、おいでください」という素晴らしい祈りをもって聖霊を呼ぼう、と信者らを招かれた。

17 3月 2021, 15:31