「大きな夢の実現には、大きな選択が必要」教皇、若者たちに

教皇フランシスコは、典礼年間の最後の主日「王であるキリスト」を、若者たちと共に記念した。

    11月22日(日)、教会の典礼は、年間最後の主日、「王であるキリスト」を祝った。

 教皇フランシスコは、同日午前、バチカン・聖ペトロ大聖堂の「司教座の祭壇」でミサを捧げられた。

 このミサは、「世界青年の日」(ワールドユースデー、WYD)世界大会の前大会(2019年)開催国パナマと、次大会(2023年)開催国ポルトガルの、両国の若者たちの使節を迎えて行われた。

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 教皇は説教で、ミサ中の福音朗読箇所、マタイ福音書(25,31-46)を観想。

 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人」、すなわち、飢えた人、のどが渇いた人、異邦人、困窮した人、病気の人、牢にいる人のためにしたことは、「わたしにしてくれたことなのである」というイエスの言葉を、わたしたちへの愛として十字架上でご自分を与える前に、イエスがわたしたちに望まれた最後の願い、として示された。

 そして、人生は自分にさえよければいい、という考えがはびこる今日の世界で、「わたしはここにいる」「わたしはここで待っている」と、イエスは貧しい人々の間でわたしたちを呼び、今、人生の夢を実現しようとしている若い皆さんにもそう呼びかけている、と話された。

 「大きな夢をあきらめないように」と若者たちに呼びかける教皇は、「わたしたちは、休暇や週末を夢見るためではなく、神の夢をこの世に実現するためにつくられている」と語り、「中でも、いつくしみの業は、人生で最も美しい業である」、と述べられた。

 「大きな夢を実現するためには、大きな選択が必要」と教皇は述べ、実際、福音書にもあるように、最後の審判で、主はわたしたちの選択に応じて裁かれる、と強調。

 善いことも、悪いことも、選択するのはわたしたちであるが、「わたしたちが神を選択するならば、わたしたちは日々愛され、わたしたちが愛することを選択するならば、幸福になることができるだろう」と説かれた。

 自身の内面を注意深く観察するならば、わたしたちの心にはしばしば、「自分は何がしたいか」と、「何が自分のためになるか」という、二つの異なる問いが浮かんでいる、と教皇は指摘。

 日常的な選択の中で、聖霊がわたしたちの心に勧めるのは、後者の問いである、と話された。

 「イエスを見つめ、イエスに従って愛の道を歩くために、自分たちに善となることを選ぶ勇気を願おう」と、教皇は若者たちを励まされた。

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 ミサの終わりに、WYD世界大会のシンボルである十字架と、聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」の複製が、パナマの青年たちの使節からポルトガルの青年たちへと引き継がれた。

 教皇は、WYD世界大会の十字架の引継ぎの式にあたり、両国の若者に歓迎の言葉をおくられた。

 同時に、教皇はこの機会に、これまで教区レベルの「世界青年の日」が聖週間の初日である「受難の主日(枝の主日)」に記念されていたことに対し、来年からこの日を「王であるキリスト」の主日に記念する旨を発表された。

 これについて、教皇は次のように話された。

 「次回の世界青年の日・世界大会の準備に取り組みながら、地方教会レベルでの同記念日をも、より推進したいと思います。

 世界青年の日が創設されてから35年が経過しました。様々な人の意見や、『信徒・家庭・いのちの省』や青少年司牧の専門家の見解を聞いた後、来年から、教区レベルの世界青年の日を、受難の主日から、王であるキリストの主日に移動することを決めました。

 WYDの創始者であり、保護者である、聖ヨハネ・パウロ2世がいつも強調されたように、中心には、人間の贖い主、イエス・キリストの神秘が残ります。

 親愛なる若者の皆さん、キリストが生き、統治する、皆さんのいのちをもって、叫んでください。皆さんが黙っても、石が叫び出すでしょう。」

22 11月 2020, 17:51